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メガネサルのお気をつけあそばせ ブログトップ
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介護判定の不可解!?その対策をどうする。 [メガネサルのお気をつけあそばせ]

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介護保険には、介護度を判定する面談が、更新の場合2年に1度あります。わたしは、この面談で苦い思い出があります。


 

それは初回の面談でした。車椅子に乗り、トイレに一人でいく許可も、もらえていなかった入院中のことです。若い女性が、面談に病院までやってきました。脳障害の割にはスムーズに受け答え出来たと安心していたのですが、その結果を聞いて驚きました


 

「要支援」判定です。


 

退院後、自宅のベッドから起き上がれません。ベットの端にヒモくくりつけ、それを引っ張って何とか起き上がっていましたが、毎回起き上がりにくく、困り果てた私がケアマネージャに相談すると、ケアマネージャが私のリハビリ医に掛け合ってくれようやく介護ベッドをレンタルすることができました。


 

これは、よく考えて答えないととんでもなく不利な判定を受ける。そこで私は考えました。


 

例えば片手が動かない場合、上着を着るのにはずいぶん苦労します。

面談員の 質問 上着は自分で着ることができますか?

これまでの私:はい自分で着ることができます。

今の私:いいえ、10分程度時間をかけないと着れません。


 

一例ですが、どちらも結果的に「上着を自分で着ることができる」ことをいっているのですが、今の方がより細かく実態を伝えています。これで印象はまったく変わります。簡単に答えないで、「いいえ」で答え始めるのがコツ。


 


今の私はずーと要介護2の判定です。時々知り合いの看護師さんから「ヨッ、演技派!」とからかわれますが、私は嘘は一切言っていませんし、演技もしていません(苦笑)。



普通の人と同じようにスムーズに動作ができて、はじめて「出来ます」なのです。私はそう解釈しています。


 

友人の場合、奥さんへの聞き取中、思わず奥さんが涙をポロリとこぼした。これで介護度が上がったといいいます(笑)


 

演技する必要はありませんが、実態に即した答え方は必要です。敵(判定員)は今、介護度を下げようとの強いベクトルが働いているはずです。痛い目に遭わないためにも慎重に答えましょう。


 


それじゃ~また


 

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オシャレな女性は、お気をつけあそばせ [メガネサルのお気をつけあそばせ]

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先日同病者の友人と、共通の知人である同病の女性の話をしました。彼女は私と発病が1ヶ月違い。年は彼女が数年上です。同じ病院で回復期のリハビリしましたので、よく話をしました。明るいひとで「ケセラセラ」が口癖です。病状も比較的は軽く、手の指も多少動き、お手玉程度なら掴むことができます。


 

彼女は大変おしゃれな人で、退院後1~2年で、装具も杖も外し、普通の靴で歩き始めました。「元のようにオシャレな自分を取り戻すこと」それが彼女がリハビリ取り組む意欲をかき立てていたように思います。


 

その当時、私達仲間の男性に「あんたら、いつまでそんな、ぶっさいくな靴(装具用のシューズ)や杖ついて歩くつもりや!」と言い放ち、胸はって歩いていました。私達はぐうの音も出ません。ただ無理している分、ぶんまわし歩行になっていました。

その彼女が、病後8年たった今ものすごく苦戦しているのです。2度の大きな転倒・骨折、年齢も70近くなり腰が曲がり始めたらしいのです。


 

彼女はプライドも高いのでその姿を他人に見られたくないと、引きこもりのような状態らしいのです。腰が曲がると、リハビリにも大きな支障が出る。私も電話やメールで直接彼女から聞きました。


 

同年代の同病の仲間はずーと杖歩行ですが、さすがにまだ腰が曲がったりはしていない。やはり余程障害が軽い場合以外は、杖は付いたほうが良いというのが同病の男性と先日話した結論です。彼女も私達同様ロボット・リハビリ入院を希望しているのですが、病院側が受け入れてくれるのか、まだ何とも言えない状況です。


 


脳卒中片麻痺となってもオシャレしたい。女性なら当然の願いです。それがリハビリの強い動機付けになっていることもよく理解できます。でも長い目で考えると、それがリスク(危険)要因になっているかもしれません。装具つけ、杖をついて長期間安全に、それなりにきれいに歩くことも是非ご検討ください。


 


それじゃ~また


 

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苦労話にお気をつけあそばせ [メガネサルのお気をつけあそばせ]

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脳卒中で入院していると、時に、様々な苦労話を聞かされる場合があります。


貧困、暴力、差別、いじめ、裏切り、借金苦、別離、病気、地震、事故、さすがに戦争体験は余り聞きませんでしたが、それでも壮絶な体験をされた方が多くいます。私も実際このほとんどを経験していますが、現在の日本では、私だけでなく大なり小なりこれらのいくつかを経験されている方は多いと思います。


ただ苦労話を他人にする時、俺はこんな苦労して生きてきたんだ。お前こんな苦労なんかしたことねえだろという「優位に立ちたい感」丸出しの人がいます。要するに「苦労自慢」です。「病気自慢」も見苦しいですが、苦労自慢も本当に見苦しいものです。さらに、苦労話で、同情を引こうとするような人もいます。そこにユーモアのかけらもありません。


「私はこんなに苦労して生きてきたんだ。だから私を無条件に尊重しなさい。逆らうなんてもってのほか。」議論をすると、そんな本音が見え隠れする人もいます。


しかし他人には、今、目の前にいる人が全てなのです。

過去に、この人がとんな体験をしていようと、今の日常生活の中で、どんなことをしゃべり、どのような行動をとるのか、それがその人の全てなのです。


苦労が良い方に出ている人もありますし、苦労によって大きく歪んでいる人もいます。大概の人は、簡単に苦労話を打ち明けたりはしません。

ですから、簡単に苦労話をする人には、そこにどんな意図(いと)があるのか、警戒も必要です。

 

これ高齢者だけではない、若い人の中にもいるのでお気をつけあそばせなのです。

 

逆に、この人はただ者でないと感じさせる人は、何も語らずとも、経験も、苦労も、思慮深さも自ずと感じさせるものです。苦労しても歪んでない人はいます。そんな人は直接は多くを語らない。苦労を飲み込む度量(どりょう・心の広さ)があるのです。

 

いいものは、ことさら自己主張しなくっても、そこにあるだけでいいと感じさせる魅力を持っているものです。

 

 

それじゃ~また


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脳卒中片麻痺、嫌な奴も寄ってくる。 [メガネサルのお気をつけあそばせ]

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相手をけなす時、別の知っている優秀な奴持ち出してベタほめ、「お前はあいつより下だ」と暗に見下げるやつがいます。

中学のときから、そんなことばかり私に言っていたY君。「俺嫌われているんだな」と思っていたのですが、その男が何故か私の家に突然やってきたのです。


別の同級生のT君と一緒、その後ろに隠れてやってきました。まあ、会いたくないやつに会うのも修行の一つです。


しかしこいつ、いつも誰かを隠れ蓑、後ろ盾にするのです。今回も用心深く私と中学生時に比較的仲のよかった優秀なT君と一緒です。T君誰もも知っている大企業を定年退職したばかり。まあ構図は「ジャイアン」と「スネ夫」、わたしが「ノビ太」でしょうか(笑)


スネ夫の仕事は関西ではCMでお馴染みの〇〇保安協会。ここ大電力会社が後ろ盾の超ゆるい仕事。しかもスネオ、大都市エリアに1年いただけで、「寂しい」と田舎の母親の元に逃げ帰ったマザコン野郎(コレは本人に直接聞かされまた)。以降は転勤をひたすら拒み、ずーと田舎暮らし。それはそれで一つの選択でいいのですが、問題は、こいつ自分を優秀と勘違いしている「できない脳ほど、自信満々」の典型人間なことです。特に何故か私をライバル視していて、事あるごとに勝とうとする。


今回、生意気だった私が、脳卒中片麻痺となったことをどこかで聞きつけ、心の中で大いに笑ってやろうと、喜び勇んでやってきたのでしょう。


所が、予想に反してこちらは元気いっぱい。障害者で仕事なくして金にも困っているだろうとカマ掛けるものの、中学時代と一緒、たちまちポンポン反論され手に負えない。「おまえ中学の時と変わっとらんやん」とガッガリきてる。


それでも、田舎の長老よろしく「お前は、なんにもわっかっていない。田舎暮らしは、そんな単純やない」などと言い出すのですが、「もっと具体的にしゃべれ」、「他人ではなく自分の意見を言え」などと大反撃をくらい意気消沈。そこで、ついに出た伝家の宝刀「こいつは偉い」と同席の中学時代から優秀で、大企業を定年まで勤め上げたT君をほめまくり始めた。ついに拍手までされて、T君ももう苦笑いするしか無い。


でもコレ結構、高等戦術なのです。なにか反論でもしようなら持ち出された奴の悪口言ったみたいになるので、当然何も言えずうなずいているだけになる。つまり「隠れ蓑」のスネ夫の勝ちとなります。

が、それに触発されたTくんが、今度は私を褒めたりするので話はややこしい(笑)


まあ、二度と私に会いたくない程度には、やさしく反論しましたので、一件落着でしょう(笑)みなさん大人になってもスネオ君に、お気をつけあそばせ。


 

それじゃ~また









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「独り言」その2 謝り方も尊大、逃げている [メガネサルのお気をつけあそばせ]

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『「独り言」は、「 批判はするけれどもそれに対する反論は、独り言だからするな!スルーして下さいと言ってるような気がします。 自分は相手記事を批判しているけれどもそれは単なる独り言だから 反応する必要はない。そんなことを言ってるような気もします。』と前回書きました。


 

私の記事に対する批判の「独り言」ですけれども、私が記事を特定して反論すると、『「独り言」の批判で傷ついた人があれば謝ります』 と「独り言」のコメント欄に書いている。


 

いい大人に対して、「傷つく」 などと センチメンタルな言葉を言ってどうするんですか、「私に落ち度はありませんが、 あなたを傷つけたなら誤ります」と言う尊大さ、謝っているようで全く謝っていない。


 

しかも、謝っているのは、「独り言」のコメント欄です。普通謝るなら相手のブログの記事にコメント入れて謝るか、自分のブログに、きちっと謝罪記事を記載するでしょう。 「独り言」でいくら謝ってても相手には聞こえるはずもない。


この様にいつも、逃げている人は、やはり社会的な経験の乏しい未熟な人のように感じます。間違っていると思えば堂々と批判し、もし自分に落ち度があれば、相手の所に出向いて誠心誠意謝る。これが普通に社会で生きる一般庶民の暮らし方だと思うのです。ですから相手に対する批判をするときも、じっくり考える。


 

余談ですが、私は謝りにいくときはチャンスがきたと感じます。相手とより親密な関係を築く機会となることが多いからです。相手も感情をぶつけた後は冷静になっています。また多少大人気なかったという感情も持ち始めています。ですからこちらが誠心誠意謝れば気持ちが通じ合うことが多くあります。相手がクレーマーでなければ、ピンチはチャンスに変わるのです。


 


ーーーーーーーーーー


【追伸】 私の先の記事から、ブログで「独り言」を連発されている方が 『タイトルの「独り言」に他意はない。自分の中では「独り言」だから「独り言」としているだけ。下衆の勘繰りはやめろ』と「追伸」でお書きになっているのですが、意味がさっぱりわからない・・??


 


 


「独り言」とは、「相手がいないのにひとりでものを言うこと。人に聞かせるというわけでなく、ひとりで無意識に言うこと(大辞林」がほぼ万人共通の認識だと思うのですが、これでは、自分の認識が全て正しいことになる。


 


『私が「独り言」だと思うから「独り言」なのだ』

「私が正しいと思うから、正しいのだ」

「私が差別者だと思うから、あなたは差別者なのだ」
 


「下衆の勘繰りはやめろ!」

根拠や客観性などは全く問わない、自分の感じたことが全て。これでは対話など成立しない無法世界です。何でも好き勝手に書きたい放題です。


 


「独り言」と題して、特定の人に対する批判記事を20数回も連続して、しかもオープンなブログの場で書き続けている。こんなヘビーな行為をする人が、この程度の認識しか持っていなかったとは。驚きましたし、正直呆れました。


 


それじゃ~また


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