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ブログ村の結論を急ぐ人たち [メガネサルの吠え吠え記]

ブログ村の結論を急ぐ人たち

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脳卒中ブログ村に参加してみて、記事を書き急ぐ人たちに時々出くわすようになりました。

 

他人のブログを直ぐ批判し記事を書く、他人の記事を引用し連想ゲームのごとく文章を書き飛ばす人です。いい年しながらも、結構子供っぽいのです、つまり記事を急ぐあまり、物事を深く考えないのです。最近これを称し「条件反射」より速い「脊髄(せきづい)反射」と呼ぶのだそうです。

 

今回はそんな方々の話なのです。ブログ名などは明記しませんが、皆さんもそんなブログいくつか思い当たられるのじゃないかと思います。


私が一般社会での経験から持っていた人間観も併せて述べさせてください。経験を通して感じてきたことなので、多少の放言お許しください。


まず学歴に関係なく、一般的に挫折を経験した人、 苦労した人はやはり 深く考える能力を身に付けています。結論を急がず、幅広く粘り強く考えることができるのです。逆に、高学歴であっても 苦労知らず、挫折経験ない人は、すぐに結論を出そうとします。 答えの決まらない不安定な状態に耐えきれないのです。


仕事などで、信用を得るのは大変な苦労が必要です。時間や小さな約束を守る。ごまかさない嘘つかないといった小さな信用を積み上げる。それでようやく信用が得られます。また、単に言葉だけでなく、その言葉の背景を考えないと、相手の意図は理解できませんし、時に痛い目にあいます。まっとうな営業を経験された方はよくご存じのことです。


所が、苦労や社会経験不足の人はこれらが出来ないのです。ブログでもこんな人すぐ見つかります。性急に批判をするだけで悦にいってる人です。そして性急な分すぐに忘れる。



一方、信用をなくすことは一瞬です。このことの恐さを社会で 苦労したことがない人間は分からないのです 。だから言葉の意味・背景も考えずに短絡的に結論を出す事にためらいがない。ちょとした油断や誤解から大切な得意先を怒らせたり、あげく失くしてしまう。こんな恐怖の経験したことないんやろなあ~。


社会の中で生活の糧を得ながら、深く悩んだことなどないから、人間を深く観察する力もなく、かといって経験値のある人間の知恵も信用できず、外国語や難しい言葉、三段論法だ演繹法だと使いこなせてもいない思考法を持ち出し優越感に浸ろうとする。


結局は仕事でも人生でも大した実績は上げられない。年くってもお嬢ちゃま、おぼちゃまのまま。


高学歴 人間の中にもこれらは多く見られます。

大学の教授の中にも単に外国の文献や論文を紹介するだけの教授がいますが、要するに自分の頭では考えられないのです 。そういった人間は議論するとすぐにあの論文を読めと言ったりする。そもそも 自分で論文を読む力(語学力でなく内容を理解する力)がないのです。


この様な人は、議論の途中でも、やたら横文字やら専門用語を連発する。挙句「貴方、どこの大学の何学部を出てるの?」などと言い始めるのです。こんな年寄りがブログの世界にもいるから驚きです。「メガネさんブログばかり読んでいないでたまには論文読んでね」と私も言われました(笑)

 

それじゃ~また。

 

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◆「ハリボテ人間」 他者を強烈に批判するが、自己矛盾には全く気づかない。 [メガネサルの吠え吠え記]

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【阿佐谷七夕、2012年の張りぼて飾り】


今回は「ハリボテ人間」の話です。


私が脳卒中ブログ村で、ブログを書き始めて数カ月立った頃、ある批判を受けました。まあどの世界でもよくある新参者に対する先輩からの洗礼であろうと当初思っていました。

ですが、そのあまりにも偏見に満ちた意見に対して、一応反論の記事を投稿しました。


話を簡単に説明しますと、商店街で早朝段ボール箱を潰していた二人が、後日上場企業を作ったという話を私が投稿しました。すると、すぐ「銭ゲバ」だの資本家のみの儲けの極限化だと不快感を示す投稿がなされたのです。


その経過と私の反論の記事はこちらです。



「リハビリの結果と責任」記事に対する批判記事がでてましたので

ですが、私の記事を「銭ゲバ」「資本家のみの儲けの極限化」と一刀両断に切り捨てたこの人。一方で、株式投資に関する投稿もなされていたのです。上場企業を作ったと言うだけで「銭ゲバ」「資本家の搾取」と大騒ぎして他人を批判する人が、一方で資本主義社会の最たるものである株式市場で利益を出したなどと、平気で投稿する。厚顔無恥(こうがんむち)とは正にこんな人のことを言うのでしょう。

※例えばこんな発言をされています。貯蓄より投資へ、その根拠とは

この人は、他人の投稿をお気軽に引用し、しかも引用元も示さないで批判するという卑怯な人でもあります。また、私が「脳卒中うつ」に関する記事を書くと、私を「脳卒中うつ」だと冷笑するクズ野郎ぶりです。

他者を強烈に批判するけれど、自己矛盾には全く気づかない人。こんな人政治の世界でも最近数多く見かけるようになってきました。
一瞬、はなやかな表舞台に躍り出るけど、あっと言う間に舞台から転落する人。見た目が、花やかで、強気一辺倒の発言。

実は、ハリボテで中身は空っぽ(笑)
それじゃ~また

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「失敗」についての机上の空論 [メガネサルの吠え吠え記]

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私は、最近ブログで「失敗は人生の必須科目」だとする記事を書きました。しばらくするとある方がブログでこんな記事を書かれました。


 

「してもよい失敗」と「避けることのできる失敗はしないように」と「取り返しのつかない失敗はしない」かな


 

この方は、自分で記事のテーマを考えることはされず、お気軽に他の人のブログの一文を引用され、連想ゲームのごとく文章をお書きになる方です。


 

私はこんなこと言う人は、実際にこの言葉を生きたことのない人、経験もノウハウの蓄積もない人だと思います。


 


「しても良い失敗」や「避けることのできる失敗」自動車教習所かなにかで言われそうな言葉(笑)ですが、人生における何らかの決断に際し、そんなことが事前にわかりますか。この言葉は「机上の空論」です。ほんの小さな失敗が、大失敗の引き金になっていた。実際そんなことはよくあることです。


 

また、9割以上は大丈夫と思っても、100%の確信は持てない。挑戦する、決断するとは、そういうことです。ですから宗教を持たない人でも「祈る」という人間らしい行為もするわけです。そんな実際の苦しい経験をもたないからこんなお気軽な言葉を吐くのです。


 

作家の佐藤愛子さんは、過去の「失敗」について、こんなこと述べられています。


 

「苦しい思いをするからこそ、その現象について考える。その現象に群がる人間について考える。そしてだんだんと人間に対する理解力が強くなっていくんだと思います。やっぱりひどい目に遭わないとわからない」


 


こういった言葉が、実際に人生経験を積んだ人の言葉です。


佐藤さんは作家ですが、言葉を弄(もてあそば)ない、机上の空論を言わない。だから示唆(しさ)に富み、説得力があるのです。


 


佐藤さんの近著「90歳。何がめでたい」がベストセラーになっているようです。わたしも是非読んでみたいと思っています。


 



九十歳。何がめでたい

九十歳。何がめでたい

  • 作者: 佐藤愛子
  • 出版社/メーカー: 小学館
  • 発売日: 2016/08/01
  • メディア: 単行本



 


ところで、この空論の方、結局最後はいつものように「フニャフニャ」の話(笑)


 


それじゃ~また


 

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夫婦間の距離 夫婦のことは夫婦にしかわからない [メガネサルの吠え吠え記]

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 ある片麻痺障害者の方が、奥さんに「あなたは右手が使えて良いなあ」と言ったことをブログでお書きになりました。これを受けて、自らのブログでこのことを激しく批判されている方がいました(参照※1)。私ならこう言い返す。絶対そんな言葉は言ってはいけない、脳性麻痺(?)の方に対してでしょうか「あなたならそんなことを絶対に両親に言いませんよね」とかなんとか言っている。


 


【参照※1】それは、ワンダフル世界という記事のコメント欄です。


 


私はこれを読んで怒りがこみ上げてきました。夫婦のことなど夫婦にしかわからないんです。夫婦関係と親子関係は違いますよ。それを全く同じにして、批判する倫理的な人達。片手が使えなくなった中途障害者が、ふと奥さんに弱音を吐く。それが他人から、こんなに辛辣(しんらつ)に攻められなければならないことなんですか!?


 


片手で健常者と同じ仕事をこなさなければならない困難さが、わかっているのか!?焦り、不甲斐なさ、悔しさなど次々と湧き上がる負の感情、ストレスをこの方達は想像できないのでしょうか。


 


ちなみに、私たち夫婦は、他人様に決して褒められるような夫婦ではありません。本音をぶつけ合い大声で怒鳴りあう他人から見ればどうしょうもない下品な夫婦です。でもここまで夫婦の距離が近くなるまでには 色々ありました。


 


「これからどうやって生きていったら良いんやろ」と二人茫然自失となった時が、若い頃には何度もありました。ようやく少し気を取り直して「酒でも持ってこいや」と二人で酒盛りです。住むところが定まらずビジネスホテルを転々とした日々。古いの時代の夫婦のようですが、昭和の末期の組織に属さないアウトサイドに生きる夫婦の悲哀です。





私も時に女房に「両手が使えたらこんなこと簡単にできるのになあ」と愚痴ることがあります。女房は困った様な顔をする時もありますし、余りに私がしつこいと「そんなことをいつまでも グジグジ言う様な奴は、死んでしまえ!」と切れて大声で怒鳴ります。でもその言葉がおかしくて、私が笑い出す。女房もつられて笑いだす。それでおしまい。


 


私みたいなガサツな人間にはこのぐらい言って丁度なのです。これで反省もし、力ももらっているのです。まあ互いのガス抜きの儀式ようなところもあります。


 


でもお互い、相手固有のこれだけは言ってはいけない言葉はわかっていますし、互いに手を出すこともこれまで一度もありませんでした。時々、皿は派手に割れましたが(笑)。その暗黙の了解の上で本音をぶつけ合ってきたのです。常識的で上品な道徳など私たちには何の役にも立ちませんでした。互いの親族のことなども罵り合っています。


 


もちろん夫婦の距離は、それぞれです。それぞれの性格や好みもあります。時に近づいたり離れたりしながら長い年月で適切な距離を自然取っているのでしょう。また他人に見せる姿は夫婦二人の時とは違います。


 


ですから安易に他の夫婦のことあれこれ言ってはならないのです。りわけ知らない夫婦のことは。


 


それを安易に批判するなど、何と浅ましい「善人面」の持ち主でしょうか。当然、裏にあるのは「私たち夫婦の素晴らしさ」つまり優越感です。この様な人には、何事においても他人に対する根拠のない優越感がいつも見え隠れしています。


 

それじゃ~また。一日早いですが、夫婦で良いクリスマス・イブを!


 

五行歌 長谷川和美 / 辰吉丈一郎・るみ夫婦


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「障害者の命は健常者より軽いのか?」そんなわけ無いのだけど・・・。 [メガネサルの吠え吠え記]

PTDC0034 (3).jpg神戸新聞7月24日の記事です。
小さくて読みにくい場合は画像クリックして拡大してご覧ください。


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アクションと言えば、「脱原発アクション」が有名ですが、これは「リメンバー7/26神戸アクション」となっています。詳しい関係は記事からだけではわかりませんが、同じ「アクション」を名乗る以上何らかの関係があるのでしょうか。単なる知り合いや片麻痺の会など障害者当事者同士が集まった会とは、思えないのですが。(詳しいことご存知の方おられましたら教えてください)。


今回この記事をアップしたのは、我々障害者への理解、社会的認知のためにはどのようにアピールするかと言う問題をあらためて考えみたかったからです。


障害者への社会的認知が進み、環境整備がなされるようになったのは、我々障害者の先輩(特に脳性麻痺の方々)の努力の歴史があったことは間違いない事実と言えます。それがあるからこそ今障害者が外に出やすい環境も整いつつあると言えると思います。ただし貧弱な障害者に対する認識は依然残ったままでしょう。


この点に大きな改善の余地があり、我々障害当事者のアピールが必要なのですが、どのような方法が有効なのか。それを私も多少考えるようになりました。それでこの記事に注目したのです。

 

「障害者の命は健常者より軽いのか?」

『メンバーは「19人は3回殺されたと話す。最初は地域から排除された時、2回目は事件、そして3回目は名前を隠されたことである。「見て見ぬふりをされ、自分が透明人間だと感じる」』


表現方法は、「命は健常者より軽いのか」「透明人間」「三度死んだ」等となっており、私の実感とは多少違うのですが、これは片麻痺障害と脳性麻痺等の障害の違いかもしれません。これから、さらにデモによるアピールがあります。「脱原発アクション」ならその後「時の政権」への批判につながっていくのでしょう。


つまり市民団体と称しながら、結局政治的利用の臭いが強く感じられるのです。当事者・被害者運動が弁護士や政治団体に取り込まれていくよくあるパターンが推定されるのです。


他の方法など、さらに考察を進めたいと思います。


それじゃ~また。


 

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