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ファンファーレ・チォカリーア(2) Fanfare Ciocarlia: NPR Music Tiny Desk Concert [映画・音楽・美術]


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ルーマニアロマ(ジプシー)によるブラスバンド

ファンファーレ・チォカリーア 

Fanfare Ciocarlia: NPR Music Tiny Desk Concert


最初の声多少大きいのでご注意を!




アメリカでjazzが生まれ、ヨーロッパでジプシー音楽が生まれた。

クラッシク音楽にはない粗削りで自由な演奏。抑圧された現実と、開放される演奏する時。そこに本当に魅力的な音楽が生まれた様に思います。

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「独り言」その2 謝り方も尊大、逃げている [メガネサルのお気をつけあそばせ]

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『「独り言」は、「 批判はするけれどもそれに対する反論は、独り言だからするな!スルーして下さいと言ってるような気がします。 自分は相手記事を批判しているけれどもそれは単なる独り言だから 反応する必要はない。そんなことを言ってるような気もします。』と前回書きました。


 

私の記事に対する批判の「独り言」ですけれども、私が記事を特定して反論すると、『「独り言」の批判で傷ついた人があれば謝ります』 と「独り言」のコメント欄に書いている。


 

いい大人に対して、「傷つく」 などと センチメンタルな言葉を言ってどうするんですか、「私に落ち度はありませんが、 あなたを傷つけたなら誤ります」と言う尊大さ、謝っているようで全く謝っていない。


 

しかも、謝っているのは、「独り言」のコメント欄です。普通謝るなら相手のブログの記事にコメント入れて謝るか、自分のブログに、きちっと謝罪記事を記載するでしょう。 「独り言」でいくら謝ってても相手には聞こえるはずもない。


この様にいつも、逃げている人は、やはり社会的な経験の乏しい未熟な人のように感じます。間違っていると思えば堂々と批判し、もし自分に落ち度があれば、相手の所に出向いて誠心誠意謝る。これが普通に社会で生きる一般庶民の暮らし方だと思うのです。ですから相手に対する批判をするときも、じっくり考える。


 

余談ですが、私は謝りにいくときはチャンスがきたと感じます。相手とより親密な関係を築く機会となることが多いからです。相手も感情をぶつけた後は冷静になっています。また多少大人気なかったという感情も持ち始めています。ですからこちらが誠心誠意謝れば気持ちが通じ合うことが多くあります。相手がクレーマーでなければ、ピンチはチャンスに変わるのです。


 


ーーーーーーーーーー


【追伸】 私の先の記事から、ブログで「独り言」を連発されている方が 『タイトルの「独り言」に他意はない。自分の中では「独り言」だから「独り言」としているだけ。下衆の勘繰りはやめろ』と「追伸」でお書きになっているのですが、意味がさっぱりわからない・・??


 


 


「独り言」とは、「相手がいないのにひとりでものを言うこと。人に聞かせるというわけでなく、ひとりで無意識に言うこと(大辞林」がほぼ万人共通の認識だと思うのですが、これでは、自分の認識が全て正しいことになる。


 


『私が「独り言」だと思うから「独り言」なのだ』

「私が正しいと思うから、正しいのだ」

「私が差別者だと思うから、あなたは差別者なのだ」
 


「下衆の勘繰りはやめろ!」

根拠や客観性などは全く問わない、自分の感じたことが全て。これでは対話など成立しない無法世界です。何でも好き勝手に書きたい放題です。


 


「独り言」と題して、特定の人に対する批判記事を20数回も連続して、しかもオープンなブログの場で書き続けている。こんなヘビーな行為をする人が、この程度の認識しか持っていなかったとは。驚きましたし、正直呆れました。


 


それじゃ~また


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