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失敗は人生の必須科目だ [障害者として生きる]

失敗は人生の必須科目だ

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今回は失敗について考えてみたいとおもいます。成功者と言われる人は失敗をどうとらえているのかをご紹介します。


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■失敗は人生の必須科目だ。

この大切な失敗の過程を経たものでなければ本当の成功はない。

一度も失敗したことない人はしばしば大失敗する。警戒が必要である。

(私の投資鉄則 本多静六)

 

■日本人は、失敗ということを恐れすぎるようである。 どだい、失敗を恐れて何もしないなんて人間は、最低なのである。

(本田宗一郎)

   

■失敗と成功の関係を学ぶ。失敗→失敗→成功といった流れを理解する。失敗を成功の反対概念と考え、避けるべきものと捉えるとだめ(ちきりん )


■地獄へ行く道を避けるには地獄へ行く道を熟知するのが一番(マキャベリ )


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一番上は、投資の神様と言われ、林学を大学で教えつつ投資により巨額の富をなした本多静六氏の言葉です。大成功者と思われている本多氏でさえこのように失敗と成功との関係ををとらえているのです。また、日々1ページ原稿を書くことを常とし、多くの著作をなしています。現在なら毎日ブログをお書きになっていたかもしれません。


ブログと言えば、ブログ界のスーパースター「ちきりん」さんですが、彼女の失敗の捉え方もご紹介しました。失敗は成功の反対概念でなく、成功につながるワンステップなのだという捉え方です。本多氏と相通じます。


イタリア、ルネサンス期の大思想家であるマキャベリは、失敗に通じていることが(大)失敗を避けることになると言っています。



我々脳卒中による片麻痺障害者は、人生における失敗者であるとしばしば世間に思われ、また我々自身がそのように認識している部分もあります。

しかし障害が残ってもなおかつ生き残ったという事は、つまり成功への一つのステップを踏んだ、成功のための不可欠の要素を満たしつつ、その道程の途上にあると考えても良いのです。


もちろん何を成功とするかは人それぞれですが、目標を「人格形成」と考えれば、「失敗経験」という必要不可欠な要素を満たしたことは確実です。

 

これは例えばブログを書くという表現行為においても非常に重要です。なぜならブログの魅力は究極その書き手の魅力なのですから。

 

【関連記事】◆病気をしたことにより、多様性を身に付けた人。全く変われなかった人。

 

それじゃ~また。


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セルフのガソリンスタンドの親切 [障害者として生きる]


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私は関西の田舎町で暮らしています。しかも片麻痺で歩行に装具と杖が必要です。ですから移動に車は欠かせません。当然車には、月何回か、ガソリン給油が必要になります。


最近はセルフのガソリンスタンドが多くなりました。私は片手でお釣りを受け取るのが苦手なこともあり、いつも現金で3000円分きっちり入れることにしています。


病気前から2000ccのミニバンに乗っているのですが、これ車高が高く左片麻痺の私は、運転席の乗り降りに苦労するのです。さらに1000円札を3枚挿入しなければなりませんので、片手しか使えない私は、給油の作業に多少時間がかかるのです。ですからいつもは、空いている平日に給油を済ませるようにしています。


その日は、日曜日でしたが、たまたま通りっかかった際、あまり混んでいなかったのと、残量が減っていたので、給油することにしました。一台待ちで並びました。直後にもう一台が私の車の後ろにすぐに並びました。バックミラーで確認するとミニバンにご夫婦と お子さん2人乗っておられます。

 

私の順番がきて、すぐに(実際はもたもた)車から降りて行くと、後ろの車から40代と思しきご主人が降りてこられます。「手伝いましょうか」と私に気軽に声をかけてくれました。

.

私は「自分でできますので」と一旦答えかけたのですが、その親切が嬉しかったので「じゃすみませんが、給油キャップだけ開けてもらえますか」とお願いしました。


私がガソリンを入れていると、後ろの車では家族で笑顔で話されています。ようやく私が給油を終えて、後ろの車に頭を下げると、動作の遅い私に対して、みなさんんイライラした様子は微塵もなく、笑顔で挨拶をかえしてくれました。


田舎でも、障害者用の駐車場は健常者に占拠されてしまうことも多いのですが、一方で、こんな親切な方もおられます。本当にありがたいことです。実際はこんな方のほうが多い気がします。

 

と言いますのは、セルフのガソリンスタンドで、声をかけていただくことが度々あるのです。でもこれまでは「ありがとうございます。大丈夫です」とお断り(笑顔で)することが多かったのですが、今回はありがたくお手伝いいただきました。

 

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【参考記事】 運転席に乗り込めない!! [丹下右膳の運転記]

 

それじゃ~また


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キリスト教の口承「ニーバーの祈り」 [障害者として生きる]

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  キリスト教の口承「ニーバーの祈り」


 

脳卒中片麻痺障害で慢性期の皆さん、これは本当に切実に感じませんか!?私、この歌聞いて、涙出そうになりました。

 

障害の何をあきらめ、何をあきらめてはいけないのか?自主リハビリしていても未だ迷います。

あきらめるとは、明らかにするということですが、特にこの病気はすぐに成果が出るものではありませんし、年単位のそれもわずかな成果です。

 

また痙性という問題があり、リハビリは継続していく必要があるのですが、何をどう努力すればいいのか、どの程度の回復が目指せるのか、自主リハビリをしていても時々わからなくなることがあります。病後7年を経ても未だそうです。

 


奇跡の回復、奇跡の治療法など頻繁に耳に入ってきますが、奇跡の回復を声高に叫ぶ患者や治療者には、自画自賛の強い臭いがします。

 

こんな気持ちを持たれたら、たまには、このような音楽聴いて自分を慰めてもいいでしょう!。無宗教の私ですが、ホンマ祈りたくもなります。


所で、同病の先輩の方々の中に、あきらめ(明らかにする)と生活の充実の均衡が取れている方が何人かおられます。その日常を知ることが出来るのブログは、癒されますし、励まされもします。大変ありがたいことです。

 

それじゃ~また。

 

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障害者の社会貢献(6)最終章「三つ目の道」 [障害者として生きる]

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社会貢献には大きく分けて2つの道(方策)が考えられます。


 

一つ目が、社会を変え「数多くの人」を救う道です。


 

例えば障害者に優しい社会環境を整備したりすることを目指す道です。


 

これにはまず、多くの人が集結する組織というものが必要です。そして現実に社会環境を変えるということですから現在の政治というものが当然絡んできます。法律を変えるのですから既存の政党が絡みついてくるのです。きれいごとですまないようになります。組織のリーダーが革新政党から立候補要請されたりして利用されるのです。


 

また時の権力と対決する強く先鋭的な組織は、その崩壊も早いのです。周りとの軋轢も多くなり、皆が消耗し疲れ果て、ついていけなくなるのです。うまくいかなくなるから増々先鋭化して人が離れていく悪循環に陥る。先に述べた全共闘運動も、脳性麻痺の当事者組織「青い芝の会」も運動は急激に下火になり消えていっています。聡明で強力なリーダーがいたにも関わらずです。


 

2つ目の道が、「特定の人」を救うという道です。


 


例えば難病に侵された人の治療に対する募金活動です。これは人道的な活動ですが、効果が限定的になります。世界的に見ればこのような活動があてにされ狙われるというようなことが多数起きています。難病の方を抱える多くの家族が国を超えて援助を目当てに移動するのです。限定的な効果と自己満足に陥る恐れは常にあります。


 

私はこの二つの道どっちが正しくてどっちが間違いとかは一概に言えないと思います。


どちらを選ぶかは、あくまで個人問題です。大胆に言えば「個人の好み」といって良いかもしれません。


 

私の場合は、もう政治などには一切関わりたくありません。運動組織に関わることも一切ゴメンです。ですから私のできることは限られています。それでも他の人に対して「たかちゃん」のような存在では在りたいと思っています。その限界を知りつつも社会貢献の意識は絶えず持ち続けたいと考えています。


 


幸い現在はネット社会です。一つ目と二つ目をつなぐ三つ目の道はこのネット社会に間違いなくあります。それへのコミットをこれからも続けたいと思います。


 


それじゃ~また


 

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社会貢献(5)組織活動の光と影について [障害者として生きる]

社会貢献(5)組織活動の光と影について

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私は、基本右巻きでも左巻きでもありませんが、ただ、この国を売るような人には憎悪さえ感じます。

 

今70歳を超えられた団塊の世代の方々、これはほぼ全共闘世代と呼べると思います。私はこの世代から10年以上遅れた世代ですが、社会的矛盾に目覚め、この国を変えようと勇敢に行動したこの世代の方々に対して強い尊敬の念も持っています。


それと同時に総括(そうかつ)という言葉で仲間を次々に殺し、自ら内部崩壊したこれらの活動を幼いころに見聞きし、このような政治的な組織に強い不信感も持つようになりました 。

レッド 1969~1972(1) (イブニングコミックス)

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  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 2007/09/21
  • メディア: Kindle版


また大学卒業後にあっさり転向し、恵まれた大企業や公務員といった社会の中枢に入っていった人に対し自らを裏切ったのか?という疑問ゆえの複雑な感情もあります。

前々回の記事で紹介した青い芝の会などでも学生運動に挫折した人たちが今度はボランティアとして参加しています。ですからその運動手法は良かれ悪かれ、かなり学生運動の影響が大きいと思います。

その後、マスコミ企業に入られた人たちの硬直した左翼思想や、今でも何らかの被害者が、人権派弁護士や市民団体と称する既存の政治団体に取り込まれていくことに強い嫌悪感と警戒感を持っています。

社会貢献と言っても組織化されたものに私は警戒感が強いのです。「組織活動の光と影」は必ず存在します。ですから社会貢献するために強い組織力が必要とも思いません。むしろ、ゆるやかなネットワークの方に可能性を感じています。

それじゃ~また

 

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