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食えない関西商人(大阪商人)その1

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皆さんは関西人あるいは大阪人といえばどんなイメージをお持ちですか?

単純。ばか。アホ。ケチ。下品(なおばさん)。エゲツナイ。すぐ人をどつく(例:ダウンタウン・浜田)。アケスケ。無遠慮。・・・何かとめどなく次々出てきます(笑い)

一人ボケ・ツッコミ。漫才。たこ焼き。串カツ。

阪神タイガースの熱狂応援、吉本新喜劇、ナニワ金融道・・などでしょうか?
 
まあ、じっさい関西でしか暮らしたことのない私は、他の地域の人々は、我が地域に良いイメージを感じてないような気がします(被害妄想ですかね)。


そんな関西にも京都、神戸をはじめ多くの地域がありますが、代表は何といっても大阪でしょう。

そこで今回は、かって世間で、関西商人とか大阪商人(ナニワ商人)とか言われた人たちの話をします。
事業ではなく「商売」と呼ばれた昭和のにおい濃い時代の、(煮ても焼いても)食えない関西商人の話です。

この人たちは、昭和一けた以前に生まれ、今はもう80歳を超えた方々です。戦後の復興期をたくましく生き抜いてきた人々です。
この方たちが「関西(大阪)商人」そう呼ばれる最後の年代の人たちだという気が私はします。

私にとっては「師匠」と呼べる人たちです。

今年の元日に当ブログで紹介させていただいた宮本輝著「流転の海」は、宮本輝さんの父上がモデルで、関西で色々な商売をされる物語です。明治生まれの父上は近代の大阪の商人の走りだと推測されます。
 
まあ一言でいえば「スリリング」。「キツネとタヌキの化かしあい(知恵と知恵とのぶつかり合い)」。後で思い返せば、抱腹絶倒の真剣勝負。

いずれにせよ、「単純・単細胞で、思慮深さのみじんも感じられない」このイメージを覆(くつがえ)すべく、関西(大阪)商人の話をシリーズでしたいと思います。ただし青木雄二先生の「ナニワ金融道」のような怖い借金の話ではありませんので。
 
それじゃ~つづきはまた