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病気をしたことにより、多様性を身に付けた人。全く変われなかった人。 [メガネサルのお気をつけあそばせ]

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「 あの人は障害受容出来ている、あるいは出来ていない」よく聞く言葉ですが、今回は医学用のお仕着せの視点ではなく別の視点で我々障害者を考えてみたいと思います。
 
「脳卒中を生きる意味―病いと障害の社会学」は細田 満和子さんという研究者が多くの「脳卒中患者とその家族」に聞き取りを実施しまとめられた本です。

そのなかで病気を機に人として多様性に開かれる(価値尺度の多様化)という視点が抽出されます。
 

ある片麻痺の男性はインタビューにこう答えています

「病は人生を変えるんだね。人間性が変わるんだよ。尺度も変わる。
私なんか健常者の物差しと、障害者の物差しを持っている。一般の人は強い人、強者でしょう。病を持って障害者になったことによって弱者の物差しを持てるようになった」

一方で、病気前と一向に変わらず、同じような競争意識をずーと持っている人がいます。大概は同病者に対しても上から目線で物言う。回復程度を誇ったり、それでなければ私は重い障害にもかかわらずヨーロッパに1カ月旅行してきました。などと行動力や経済力までもひけらかそうとする。
こんな人は、メールやブログの語り口にも端的に出る。

作家・乙川優三郎氏の評論に「同じ庶民の世界に共感しながら鏑木清方は願いを込めて、山本周五郎は励ましを込めて、それぞれの現実を描いたのかもしれない」という文章があります。私はこの一文が好きです。
変われない人は、人を見る時、まして同じ病気の人間を見る時にさえ目線の暖かさがない。病気を糧にできなかった哀れな人たちです。
実生活ではその周囲から人がどんどん引いていくのでしょう、さらに力みかえり声高に語る悪循環に至っている。こんな人をリハビリ室やあるいはネット上に見かけると残念で仕方ありません。皆さんの周りにもおられると思います。
 
一方でこの人は確かに変容していると感じられる人がおられます。仕事の鬼だった人が、通所施設の中で、同じ通所者として高齢者に非常に優しく明るく接している。そしてその周りには人がいつも集まり笑い声が絶えない。私の同病の知人にもこんな方がいます。
 
我々はとかく障害の機能回復にのみに目が行きがちですが、障害を糧として人としての変容することも、充実した生活を送るためには私は非常に大切だと思います。
誰しも老いることで身体機能は衰えます。その際にどのように人と接し暮らすことができるのか。
障害との付き合い方を学ぶことは、老いとの付き合い方を学ぶことに通じると私は思います。
脳卒中で仕事の引退が早まったように、老いも多少早まったと肩の力を抜いて早目に考え備えるのが良いのでは。



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◇◆細田満和子さん講演会

少し古いですが、「片マヒ自立研究会百回記念講演会 コロンビア大学博士 細田満和子」
がありましたので、貼っておきます。

突然直面した障害者の世界と、自分のぼんやりした頭。細田さんの考え(理論)は、自分のおかれた状況を理解し、整理するのに役立ってくれました。さらに、このことにより自分の将来に向けての課題も少しづつ見えてきました。




タグ:精神・魂
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